《オーストラリア》私のワーキングホリデー体験記(その2)

《オーストラリア》私のワーキングホリデー体験記(その2)

さて昨日の続き、なぜ予定変更となったのか。前回の続きです。

《オーストラリア》私のワーキングホリデー体験記(その1)

ケアンズでの誤算

まずその当時、不景気により、観光客が激減していたケアンズで、これといった仕事が見つけられませんでした。

その間に、お金もなくなっていき、当時絶対に取りたかった、スキューバダイビングのライセンスのみ取って、ケアンズを後にすることにしました。

我ながら潔く決めたと思います。

今思えば、シドニーの方が生活するには合っていると、潜在的に感じていたのかもしれません。

また、シドニーに戻れば仕事が絶対あることは分かっていたので、金銭的な悩みが結構ストレスになり、少しでも楽になりたかった気持ちもあったと思います。

シドニーに帰ることを決めた後に行ったこと

ケアンズにいる間から、いろいろな仕事に応募していました。
私が主に使用していたのは下記ウェブサイト。

Jams
日本人向けの情報にはなりますが、シドニーの家探し、アルバイト探しでは役に立ちます。

日本人向けは避けたいという方は、下記サイトをどうぞ。

Gumtree
こういったサイトを利用して家や仕事を探すことは一般的ですが、トラブルが無いとは限らないので、十分に注意して利用して下さい。

例えば、家の下見に行くときに、1人では行かずに友達に付き添ってもらうことも、1つのトラブル対策です。もちろん、日本人向けのサイトでもトラブルは考えられますので、十分注意してください。

仕事が決まり、その後の計画を再考する

そんな中、シドニーに戻る前に、日系のエージェントの面接が受けられることになり、ここで約6ヶ月間お世話になることになりました。

また、この頃から、次の年に学校へ行くことを考え始めました。

きっかけは、約1ヶ月間バックパッカーズに滞在中に出会った人たちでした。

オーストラリア人、ドイツ人、ベルギー人、フランス人、その他いろいろな国籍の人たちと出会いました。

そこで自分の英語力の無さを痛感しました。みんなもの凄い話せるんです。。

このままでは、ちょっと話せるだけで終わってしまう、英語を勉強するのでなく、英語で何か勉強したい、そう考えるようになりました。

そして、その後、学校に行くことを決めます。選んだ学校はメルボルン。

理由は、シドニー滞在も10ヶ月近くになり、違う都市に行きたかったこと、メルボルンは学生の街で学校もたくさんあるので、選択肢も多いことがありました。

いざメルボルンへ

2011年の年明けにシドニーからメルボルンへ引越しをしました。

メルボルンに行ってから1ヶ月くらいは、新しい土地を楽しむために、仕事もせずに観光ばかりしていました。

その後、オーストラリア人がオーナーの日本食レストランでアルバイトを開始し、ワーホリビザが学生ビザに切り替わったところから、学校に通い始めました。

最後に

当初の計画とはまったく違う展開になってしまいましたが、今から考えると、フレキシブルに変更していって正解だったと感じています。

日本でも何が起こるか100%予測なんでできないので、文化の違う海外に行けば、さらに予期せぬことが起こります。

そのときにどう判断するかというのは、非常に重要ですよね。

大変なこともたくさんありましたが、それ以上に楽しいことも出会いもありました。

これから行かれる皆さんには、とことん楽しんできて欲しいです。

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