幸か不幸か?海外移住が変えてしまった私の考え方

幸か不幸か?海外移住が変えてしまった私の考え方

何か人生に変化が起こった時(起こした時)、その人の人生が今までとはまったく違う方向に向かっていくということはあると思います。

私の場合は、海外移住という選択をしたことで今までの人生とはまったく違うものになりました。(今は日本に住んでいますが。。)

そこで、今回はオーストラリアに行く前と行った後、私の環境、考え方にどのような変化があったのか振り返ってみたいと思います。

渡豪前の生活

私はオーストラリアに渡る前は、ごくごく平凡な日本では良くある生活をしていました。

平日は仕事に行き、仕事が終わって家に着いたらほとんど何かをする時間がなく(貴重な時間があった時も特に何もしていなかった)、お風呂に入って少ししたら寝るといったことを繰り返していました。

休日は友達と出かけたり、一人で買い物に行ったり、本当にそんな感じでした。

仕事も日本語ですべて完結していたので、英語なんかまったく使わず、読み書きも、聞くことも、話すこともすべてできませんでした。10年くらい前に受けたTOEICのスコアは、たしか430点ほどだったと思います。正確なところはわかりませんが、このスコアは平均以下のスコアではないでしょうか。

24歳までは、海外に行きたいとかまったく思うこともなく、今となっては、外国の人たちに対して、排他的な考え方をしていたように思います。

最初の転機

そんな私でしたが、24歳の時に最初の転機が訪れます。いとこがハワイで挙式をすることになったのです。今までは海外に興味がほとんどなかった私が、この時はなぜか「行きたい!!」と思いました。さらに、人々が本当に楽しそうに生きているハワイという場所がとても好きになりました。この頃から、海外に興味が出てくることになります。

それとほぼ同時期に、一緒にビーチバレーをしていた友人がオーストラリアにワーキングホリデーに行きました。ワーキングホリデーという制度を、この時初めて知りました。この時くらいから、ハワイに住むということを言っていたように記憶しています。

しかしすぐに行動に移せずに、5年ほどたちました。どの国もワーホリのビザ申請は30歳を超えるとできなくなってしまうことも知っていましたし(当時29歳)、またリーマンショックがあり、その当時の働き方に疑問を持っていたこともあり、海外に行こうと決めました。候補はハワイかオーストラリアに絞っていましたが、アメリカにはワーホリ制度がなく、学生で行くにしても長期滞在は厳しいと感じ、オーストラリアに行くことにしました。

私の場合は考え始めてから実際に行くことを決めるまで、2週間ほど、それほど時間を必要としませんでした。

ちなみに2回目の転機は、ワーホリ1年目、妻と出会ったことです。この出会いにより、永住権まで目指すことになり、取得までできました。この出来事がなければ、1年ワーホリで生活した後日本に帰国し、渡豪前と変わらぬ生活をしていた可能性大でしたので、妻には本当に感謝しています。

渡豪後の生活

渡豪後の生活といっても、時期によってだいぶ異なります。

最初の2年(ワーホリ1年+学生1年)は、勉強とアルバイトばかりで、自分の時間はほとんどありませんでした。周りの環境も、学生ビザで滞在しているような留学生が多かったこともあり、それほど違和感も感じず、ただひたすら頑張っていた感じでした。

ようやく余裕が出てきたのは、457ビザをスポンサーしてもらい仕事を始めた頃からです。実際に働き始めるとまた周囲の環境が変わり、周りがオーストラリア人、永住権保持者ばかりになりました。この頃から日本での生活とオーストラリアでの生活の違いを実体験するようになっていきました。正直な話、この時の環境では、自力で永住権を取得した人も多く、「まだ永住権申請しないの?」とかよく聞かれていましたので、永住権取得というのは、当たり前ですが、取れる人には本当に簡単で、取れない人には本当に難しいんだと感じたことを覚えています。

この当時出会ったオーストラリアで生活している人の生活スタイルは、家族第一、仕事が終わった後に会社の人と飲み会に行くといったことは、ほとんどありませんでした。(送別会含め3年間で2回です)なにかやりたければ、仕事中(ランチタイムなどを使って)に行われることが大半でした。仕事は朝早く来てやることはあっても、遅くまで残っている人はほとんどおらず。一度20時過ぎに仕事が終わった時は、オフィスには私1人、外に出たら野うさぎが一匹見送ってくれただけです。

この影響からか、今は日本に居ますが、仕事はほぼ残業せずに帰っても気にならなくなり、残業はほぼゼロです。良くも悪くも本当に周囲が気にならなくなりました。その結果、仕事の後の時間も充実しています。

また、彼らは考え方もとてもオープンでポジティブ、人生を心底楽しんでいました。

こういった人たちに出会ったことも、オーストラリアで生活したいと強く思った理由の一因です。

こういった影響を受けたことで、私自身もオープンになり、自分とは異なる様々なことを受け入れられるようになりました。

最後に

私の場合は海外移住でしたが、なにか大きく人生を変える出来事(転機)というのは、みんな体験している(体験する)と思います。

こういった転機はこれからも起こると思うので、その時その時見極めて、自分の人生がより良くなるようにしていきたいですね。

 

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コメント & トラックバック

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  1. By Saki

    こんにちは。先日、一年間の留学を終えオーストラリアのパースから帰国した大学三年です。

    客室乗務員になることを目標に今まで勉強して来ましたが、帰国してから就活に向け企業研究や自己分析をしていく中で、本当にこれがしたいのかとモヤモヤした気持ちが抜けません。
    親は私が今までオーストラリアにいたから切り替えられてないだけだと励ましてくれます。わたしもそれは認めます。

    オーストラリアへの留学を決めたのも、確かに勉強のためでもありますが、(目標があったので留学中は有意義に過ごしました)裏には元々人と関わるのが苦手で中学高校と友人がおらず、大学入学後もバイトでは上手くいくのに、私生活ではそれは変わらず、生きにくさを感じることから逃げたい気持ちがあったのも事実です。日本から出たら何か変わると思ったんです。

    オーストラリアでの生活は私にとっては本当に素晴らしいものでした。なにより学校生活で友人が出来たことが大きいです。大袈裟だと思うかもしれませんが私にとっては本当に初めて友人とよべる人が出来たんです。自分の意見(反対意見でもなんでも)を言ったとしてもそれはひとつの意見として尊重され、私が日々悩んでいた対人関係を気にして過ごすことが少なくなりました。バイト仲間とも私生活でも仲良くなり、人といることや働くことが楽しいと感じれるようになりました。

    帰国前はこの気持ちを持ったまま就活がんばろう!と思っていました。しかしやはり戻るとまた息苦しいです。甘えているんだろうな、切り替えられてないんだろうなと薄っすらわかっています。

    帰りの飛行機で客室乗務員の方を見た時、行きの飛行機で感じたあの感動を感じられなかったんです。高校を辞めずに済んだのもこの夢のおかげで、大学選びも将来のことだけを考えて選んだのに、あんなに夢見たお仕事に対してもやもやした気持ちが抜けないんです。

    そんな中で小谷田さんのこのブログを発見しました。

    私にとって転機はこの留学です。
    今一番望むことは就活を辞め、卒業後学生ビザかワーキングホリデービザでオーストラリアにもう一度行くことです。
    そしてするべき時期は今だと感じています。

    学生の自分が自分に合う場所で生活したいと思うのはやはり我儘で考えの甘いことでしょうか。

    本当に行き詰まっています。
    アドレスを頂けると嬉しいです。

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      Sakiさん
      コメントありがとうございます。
      やりたい事が変わる事も、やってみたら違ったということもよくある事だと思います。
      特に環境が変わったり、今まで経験したことがなかったことを経験したりすると、影響を受けたりするものなんだと思います。
      無責任な事を言いますが、今やりたいことをはっきりと持っているのであれば、それを全力でやってみたら良いと思います。
      変な話、例え今失敗したとしても、全然やり直せると思いますし、やりたいことがわかっていながらやらなかったら、私だったら後悔すると思います。
      逃げ続けるとこはあまり良いことだとは思いませんが、状況によっては逃げると言う選択肢を持っていても良いと思いますよ。
      いろいろあるかと思いますが、大いに悩んでください。そして決めたことを全力で頑張ってください。
      何かありましたら、info@hide0110.comまでメールください。

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